[レビュー]下北沢について - 吉本ばなな著

下北沢について - 吉本ばなな著

この街にはじめてきたのは、就職で上京した22歳の時。小田急線新百合ヶ丘駅に引っ越してきた私は、通勤経路に「下北沢」という駅がある事に気づく。この街に対するその頃の印象は、ドラマや映画の舞台にもなっているなんだかおしゃれな街。就職して最初のお休みの日、まだ地上にホームがあった駅をはじめて降り、この街で生活雑貨を探した。迷子になりつつお店を廻りに廻り、それぞれのお店にはステキな雑貨たちがあふれていて、結局予定していた雑貨をすべて揃えることはできなかった。

当時、小田急線は複々線にもなっておらず、通勤時間帯は新百合ヶ丘から勤務地である青山まで1時間以上かかっていた。下北沢駅は乗降客が多い事もあり駅の手前で必ず電車が連なってしまう、そして、この駅に着くとたくさんの人が井の頭線に乗り換えるべくホームに降りる。自分も一緒にホームに降りほとんどの人が向かう井の頭線への連絡通路ではなく、2階の改札を出て下北沢の街に飛び出すことができればどれだけ楽しいか、そんなことを思う日々だった。

その後、私と下北沢との関わりは「音楽」が中心になる。最初に入ったライブハウスはCLUB Que、次いでCLUB251、Shelterにも行った。あまりに頻繁にライブハウスに通っていたこともあり、上京して3年後に下北沢に自宅兼事務所を構えることになる。当初は下北沢駅から徒歩17分、下北沢と呼ぶには怪しげなエリア。その後、事務所を駅徒歩2分の場所に、自宅を徒歩5分の場所に移し、ほとんどの時間をこの街で過ごすようになる。

どうしても街中で読んでみたくなり、一番街にある「こはぜ珈琲」で読み始めた
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そんな自分の話はともかく、下北沢という街に関わり始めて20年が経とうとしている今、この「下北沢について」を読みこの街で過ごした時を思い出す。この本は下北沢周辺で活動している吉本ばななさんが、2013年8月から2015年11月の期間に発行した10冊の小冊子をまとめ、さらに書き下ろしを加えたもの。ばななさんが執筆当時そして過去の自分と下北沢の関わりについて綴られている。

この街にたどり着く人には、それぞれにストーリーがある。ばななさんも例外ではなく、この街にたどり着いたストーリーがあり、そしてこの街で過ごした日々がある。下北沢というのは不思議な街で、この街にいる人にはそれぞれの「下北沢」があり、こんな狭い街にも関わらずお互いに知らないお店や場所があったりする。ばななさんの「下北沢」の中には私の知らない「下北沢」がいくつも存在しており、この本で新たな「下北沢」を知ることになる。

そして、ある意味この街最大の特徴とも言える、閉店してしまったお店やいなくなってしまった人など、今は存在しない”なにか”についてのストーリーもたくさん描かれている。お店の名前を挙げはじめるとキリがないけど、確実にばななさんと私にとって共有できる”なくなってしまったモノ”は小田急線の踏切だろう。しかし、その踏切も実際には、ばななさんと私では違う踏切を指している。
自分にとって最も記憶に深い踏切は、東北沢5号踏切。駅寄りの6号踏切、茶沢通りにあった4号踏切、この2つの踏切が閉まっているにも関わらず、この5号踏切だけは開いているタイミングが存在していた。小田急線を渡るときには必ず使っていた踏切であり、最後に地上の下北沢駅に小田急線が入ってきたときも、私はこの踏切で電車を見送ったくらいだ。

お昼ご飯を食べ、「BOOKENDS COFFEE SERVICE」でアイスコーヒーをテイクアウトして、「下北沢ケージ」で続きを読む
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この本の中には存在しているのにも関わらず、今はすでに存在していないお店もある。駄菓子屋さんの「ぜんば」、このお店がなくなってしまうとは全く考えていなかった。いや、なくなってもおかしくない存在だったけど、なんとなくあのままあそこに「ぜんば」はあり続けると思っていた。紙として出版される本だからこそ生まれるギャップ。街は生きている、そして、この本はその時の下北沢を確実に記録している。ばななさんの思い出とステキな表現によって、この本の中で生き続けている。

このような書き方をすると、この本は下北沢を知っている人だけのモノと感じるかもしれないが、そんなことはありません。特に下北沢に漠然とした憧れを抱いている人にはぜひ読んでもらいたい。そして、ばななさんの中で生き続けている「下北沢」を感じてもらえたら幸いです。

ばななさんみたいなステキな表現はできないけど、自分なりの表現でこの街の事を誰かに伝えたい。私もその日が来たら書きたいと思います、自分にとっての「下北沢について」を。

実はサイン入り、家宝にします
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