清水宏「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子 清水宏「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子

本多劇場グループ Next 「DISTANCE-TOUR-」開幕、演劇のレゾンデートルに迫る初日

井の頭線のガードを抜け、本多劇場への階段を上がる。サーモグラフィーによる検温、アルコールによる手指消毒をし、受付で名前を伝える。チケットを受け取り、ロビーから劇場に入る。客席は二席ごとに区切られ、前後も人が重なり合わないようになっている。6月に無観客で行われた「DISTANCE」が、本多劇場に帰ってきた。しかも、今回は配信に加え劇場にお客さんを入れての上演だ。

初日となる8月5日は、NHK朝の連続テレビ小説「エール」にも出演している女優の松井玲奈、そして俳優・コメディアンで日本スタンダップコメディ協会の会長も務める清水宏。それぞれひとり芝居で2本立て、そして、DISTANCE発起人でもある川尻恵太さんと、前回のDISTANCEには役者として出演していた永島敬三さんの2人がストーリーテラーとして出演した。

ここには昔、劇場があったー
 
荒廃した劇場に清掃員がいる。
彼らは「演劇」というものに触れたことはないが、
「演劇を復活させるために、劇場を掃除して欲しい」と依頼を受けてやってきた。
これから復活する演劇とはどういうものなんだろうか?
かつて演劇が行われていたという場所で、彼らは演劇に思いを馳せる。
そして、それに呼応するかのように、劇場の記憶が呼び起こされていく。

「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子
「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子

清掃員に扮するストーリーテラーの2人が、かつて劇場だった場所を掃除しながら演劇のあった世界の話をしている。軽快でコミカルなやりとりを交わしつつ、DISTANCE=距離を取るのが当たり前の世界を生きていた。そして、松井玲奈による『夏間麗のリモート授業』がはじまる。

松井玲奈 「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子
松井玲奈 「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子
松井玲奈 「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子
松井玲奈 「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子

大学で疑問学を教えるナツマレイ、教室に学生はおらずリモートで授業は行われている。リモートでの授業が当たり前の世界、これがいつの時代をイメージして展開されているのか分からないが、すんなり受け入れてしまっている自分がいることに気づいた。いや、松井の演じるナツマというキャラクターの特異性とクルクルと変化する魅力的な表情とダイナミックな演技には、思う存分引っかき回されているのだが、、、。

松井玲奈 「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子
松井玲奈 「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子
松井玲奈 「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子
松井玲奈 「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子

この日の授業のテーマは、似た文字による悲劇。イヤリングとイカリング、チワワとチクワ、ミチと三千、コンボとユンボ、パソコンに映し出されているフォントなら見間違えることはないだろうが、手書きによる文字だったらどうだろう、、、そう、それは十分トラブルの要因となり得る。だからこそ面白いことが生まれる。「文字も完璧じゃない」「完璧にならないでください」、深みのあるメッセージが発せられる。

そして、物語の中盤でも耳にした、「本当に欲しいものは見つからない」という言葉。シュミハクナンノミチ、自ら黒板に貼り付けられたその文字を見て、「いま、欲しいものが見つかった」とつぶやき、二文字を取り除きさらに文字を入れ替える。

ミンナノ
ハクシュ

黒板にはその文字が残され、松井は初のひとり芝居を見事に演じきった。舞台終了後に松井は以下のコメントを寄せた。

初めての一人芝居で緊張しましたが、楽しく演じさせていただきました。お客様の前でお芝居ができる日を心待ちにしていたので、このような機会をいただけて嬉しさを感じています。

以前と同じ様にというのは難しいかもしれませんが、配信など新しい形で舞台を楽しんでいただけたらと思います。

松井玲奈

永島敬三「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子
永島敬三「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子
川尻恵太「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子
川尻恵太「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子

再び清掃員の2人が登場し、自分たちが経験したことのない“演劇”が演じられたばかりのステージに何かを感じつつやりとりを交わす。DISTANCEが当たり前の世界において想像の行為でしかない“チュー”に、暴走する妄想が入り乱れ舞台は表現不能な空気に。

そんなよくわからない展開の中、清水宏が演じる『拝啓あこがれの演劇さま』が眼前に広がる。

清水宏「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子
清水宏「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子
清水宏「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子
清水宏「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子

アクの強すぎるキャラに戸惑いつつも、真摯に演劇の制作に取り組む演出助手を演じる清水。ひとり芝居だからこそ生み出すことができる世界感に、完全に引き込まれてしまった。しかし、今私たちが現実に直面している状況に、この物語も時を進める。

予定通り公演を行うか、それとも中止するのか、、、2020年3月から5月にかけて、公演を行う予定だった劇団がどれだけ苦悩し、そして決断をしたのか。この物語の劇団「オムレツフェスティバルナンバーセブン」も、当然そんな葛藤をみせる、と思いきやあっさり公演の中止を演出も制作も役者達も決めてしまう。

清水宏「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子
清水宏「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子
清水宏「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子
清水宏「DISTANCE -TOUR-」2020.8.5 写真:和田咲子

この街で演劇に出会い、そして演劇に関わり続け必死に走り続けてきた。これからもずっと走り続け演劇を創り上げる、それが当たり前の日常だった。しかし、そんな演劇人に直面するCOVID-19の残酷な現実。たくさんの人々の人生を翻弄する災いは、演劇の世界も完全に違う世界に塗り替えてしまった。

「演劇は誰かを助けたのか」、演劇という現実と本気で向き合わなければこの台詞は口にできないだろう。そんな簡単に諦めていいのか、演じる機会をそんなに簡単に放棄していいのか。人生=演劇、そんな人間にとっては絶対に受け入れることができない。多くの演劇人が抱いたであろう想いの全てを、清水は本多劇場のステージで発散しきった。ラストシーン、DISTANCEに阻まれひとときの安堵も得られない、コメディアンである清水だからこそ現すことができた本当に見事なオチだった。

公演後、清水は以下のコメントを寄せている。

お客さんにまた劇場に来てもらうことと、オンラインで演劇に何ができるのか。二つの宿題の新しい答えを探すDISTANCE。参加できて嬉しいです。色々な演劇の姿を見て欲しいです。

清水宏(俳優·スタンダップコメディアン)


私が見たのは本番前に行われた最終リハーサルであるゲネプロで、客席にいたのはメディア関係者のみ、明らかに本番とは空気が違います。お客さんが入った状態でこの演劇を観たい、そんな思いに駆られ20時からの公演を配信で観ることに。本当は劇場で観たかったけど、当然のようにソールドアウトでしたからね。

松井さんの『夏間麗のリモート授業』、本番に向けてさらにブラッシュアップしてきたことはもちろんですが、何よりもお客さんがいて完成する内容だったことを改めて知ります。ラストシーンを完成させるためには、客席にいるお客さんの拍手が絶対的に必要だった。演劇は役者とお客さんとの共犯によって成立する、そんな言葉を実感することができたシーン。もちろん私もモニターの前で拍手喝采です。

そして、清水さんの『拝啓あこがれの演劇さま』。色々な部分を改めて噛みしめて観させていただきましたが、一番刺さったのは狂乱するなか電車が目の前を走りすぎるシーン。単に私の一方的な解釈、いや、妄想なのかもしれないですが、小田急線は下北沢の街から姿を消したけど(地下を走ってます)、演劇はこの街のど真ん中にあり続ける、これまでも、今も、そしてこれからも。そんな想いがあのシーンに込められていたのでは、、、。まさに、演劇の存在価値=レゾンデートルを感ぜざるを得なかったお芝居でした。

余談ですが、最もゲネからブラッシュアップされたのは、清掃員の2人が演じるシーンでしたけどね。本当に、みんな演劇が好きなんだなぁ。そんな清掃員を演じた、永島敬三さんからもコメントが寄せられています。

6月1日に本多劇場で『DISTANCE 』の第一弾に出演させてもらって、その時は劇場の再開を一緒に喜ばせてもらって、希望を強く感じました。
あれから2ヶ月経ち毎日のように世の中は変わっていっていますが、

あの時の希望がどんなに擦り減らされても、またこうやって第二弾を開催する為に皆さんが慎重に対策をしつつ工夫をしながら集まって、自分もまたこの場に呼んでくださったことを、今回は前回よりも少し控えめに喜びたいと思います。
常に安全第一で、その上で来てくださったり見てくださったりするお客様の前では思い切り楽しんで、最後まで臨みたいと思います!

永島敬三


本多劇場グループ Next 「DISTANCE-TOUR-」は、安全対策について真摯に向き合っています。詳細は、DISTANCE製作委員会による公式noteをご覧ください。

最後に、今回の本多劇場グループ Next 「DISTANCE-TOUR-」開幕に寄せ、本多劇場グループ総支配人 本多愼一郎さん、発起人の川尻恵太さんと御笠ノ忠次さんからのコメントを掲載します。

DISTANCE第2弾
劇場での公演を続けたい。
続けられるように。
 
無観客で行った前回から2か月
感染症対策をより強化して、
お客様に安心して観ていただけること
ツアー公演と配信公演でも
全国の方に
劇場から起きる今を観ていただきたい。
お客様にも協力していただき
作品を支えていただきたい。
 
これからも更なる対策を施しながら
進んでいきます。

本多劇場グループ 
総支配人 本多愼一郎

「DISTANCE-TOUR-」がいよいよ始まります。

6月にDISTANCEを上演した時は、8月、さらに逆風が吹いているなんて思いもしませんでした。

距離を縮めるための公演は、前よりも距離に気を使わなくてはいけなくなりました。

この公演もどこまで無事に続けられるかわかりません。
明日の公演の事もわからないんです。

それでも全力で、安全に、最後まで走り抜けるために頑張ります。

DISTANCEは誰も傷つけない為に、先頭で石橋を叩きます。

どうかついてきてください。
やばい時は逃げられるタイミングで「崩れるぞー!!」って言いますんで。

劇場でお待ちしております。

川尻恵太

6月のDISTANCEは風がよめない中での開催。
結果的には追い風が吹きました。
それは願いとか、期待とか、思いとか、祈りとか。
とにかくそのような優しい風が吹いていたように思います。
では、8月の今は?
おそらく様々な風が吹くことでしょう。
優しいものばかりではないかもしれない。

急に文体を変えちまえば「もういいかげん演劇はマイノリティなんだって演劇人みんな気づいたんだから日本の演劇は一つにまとまってくれや傍から見たら左から石投げてるだけにしか見えないぜ頼むよ偉い人」という気持ちではありますが…まあいいや。

北海道と千葉で生まれて演劇に救われたチンピラ2人はどのような風が吹こうとただただ普通に演劇をやります。
普通に演劇をやれる方法を生暖かく考えて緩く実行していきます。
対コロナに関してだけはチンピラ姿勢を崩さず真剣に。

キャスト、スタッフ、お客様と、多くの方々の協力があって成り立つのは演劇が持っている本質だと思います。
そこを可視化してくれたことだけコロナに感謝しつつ…200文字をとっくに超えているのであとは本番で。
にゃー
わんわん

御笠ノ忠次

本多劇場グループ Next 「DISTANCE-TOUR-」、下北沢の本多劇場では8月11日(火)まで上演され、15日には福岡県の北九州芸術劇場 小劇場、20日には愛知県の穂の国とよはし芸術劇場PLAT アートスペース、そして、26日には北海道・札幌 演劇専用小劇場BLOCKで上演されます。

演劇の火は炎となり、下北沢から全国へ。北九州・豊橋・札幌の皆さんはぜひ劇場へ、そして、劇場に行くことができない皆さんは配信で。2020年夏の演劇をぜひ目撃してください。

本多劇場グループ next 「DISTANCE -TOUR-」
本多劇場グループ next 「DISTANCE -TOUR-」

本多劇場グループ next
「DISTANCE -TOUR-」

■日程&公演会場
東京公演 2020年8月5日(水)〜11日(火) @下北沢 本多劇場
北九州公演 2020年8月15日(土) @北九州芸術劇場 小劇場
豊橋公演 2020年8月20日(木) @穂の国とよはし芸術劇場PLAT アートスペース
札幌公演 2020年8月26日(水) @演劇専用小劇場 BLOCH

[東京公演タイムテーブル]

本多劇場グループ next 「DISTANCE -TOUR-」東京公演タイムテーブル
本多劇場グループ next 「DISTANCE -TOUR-」東京公演タイムテーブル

■企画・総合監修
川尻恵太・御笠ノ忠次
 
■出演者(五十音順)
【東京公演】
池田純矢 井上小百合  入江雅人  伊礼彼方  エレキコミック 小沢道成  小林顕作  清水宏  春風亭一之輔 豊永利行 街裏ぴんく 松井玲奈 峯村リエ 宮崎吐夢 矢野奨吾 山谷花純/ 川尻恵太  永島敬三 
【東京追加公演】(8月9日13:00の回)
阿澄佳奈 藤原祐規 吉岡茉祐/ 川尻恵太  永島敬三 
【北九州公演】
小沢道成 寺田剛史 / 川尻恵太  御笠ノ忠次 
【豊橋公演】
古畑奈和(SKE48) 鎌田菜月(SKE48) 伊礼彼方/ 永島敬三 川尻恵太  
【札幌公演】
小山百代 氏次啓 江田由紀浩 小林エレキ/ 川尻恵太  御笠ノ忠次 

■上演時間
35〜65分を予定
※公演日&演目により、多少前後いたします

■料金 ※東京公演は、ステージの演目数によって異なります
(東京)
1演目 公演回(8月7日、8日夜、9日夜、10日)
 劇場公演 ¥4,500- 配信公演 ¥2,500-
2演目 公演回(8月5日、6日、8日昼、11日)
 劇場公演 ¥5,500- 配信公演 ¥3,000-
(北九州・豊橋・札幌)
劇場公演…前売当日 3,500円(全席指定) / 配信公演…前売当日 2,500円

■チケット発売
(東京公演)
キャスト&オフィシャル先行販売(e+ / Streaming+)
7月22日(水) 12:00〜7月26日(日) 18:00  ※劇場公演のみ、抽選式。
8月1日(土) 12:00〜 一般発売開始 ※劇場&配信公演、先着式。
チケット販売終了時間:開演後20分まで
チケットの販売ページは、公式サイトからアクセスしてください

<配信に関するお知らせ>
・上演時間は35〜65分を予定しております(演目により多少前後いたします)
・オンタイムのライブ配信のみになります、アーカイブ・ディレイ配信はございません。
・途中入場、退出ともに可能です。
・事前に視聴環境&画面のテストが可能です。詳しい方法は公式サイトをご覧ください。

※北九州・豊橋・札幌公演は8月上旬発売開始予定

■特設サイト
http://distance.mystrikingly.com

■スタッフ
技術監督:寅川英司  照明:大波多秀起(デイライト)  音響:大木裕介(SoundBusters)
舞台監督:櫻井健太郎 松澤紀昭   制作:高橋戦車、半田桃子、矢崎進   
演出助手:相田剛志   映像:ワタナベカズキ        
衣裳:ヨシダミホ     ヘアメイク:武部千里        宣伝美術:魚住和伸 
共催:ニッポン放送   主催:本多劇場グループ/DISTANCE製作委員会