下北沢を舞台とした映画『街の上で』今泉力哉監督インタビュー

下北沢を舞台とした映画『街の上で』が、2021年4月9日に全国で一斉公開されました。しもブロではこれまでも『街の上で』の情報をお送りしましたが、今泉力哉監督の単独インタビューを実施。監督と下北沢との関わりから、下北沢で印象に残っているお店や場所、下北沢という街の魅力、そして『街の上で』の見どころをお伺いしました。

『街の上で』

ーーー『街の上で』は、私がこれまでに観た下北沢を舞台としたどの作品よりも、実際の下北沢の雰囲気が描かれている作品だと感じています。ここまでリアルに下北沢を描くことができたのか、そのあたりを中心にお話を聞かせていただきます。まず最初にお伺いしたいのは、今泉力哉監督と下北沢の関わりについて。下北沢の街を知ったきっかけから現在に至るまで、下北沢の街とどのように関わってきたのかお聞かせください

今泉力哉監督(以下、今泉): 最初のきっかけは覚えてないですが、地方の福島県出身で名古屋の大学に通っていたので、その頃から東京や下北沢という街に対する憧れはありました。下北沢に行ったことは無いなりに調べて知っていたのは、「トリウッド」という自主映画などを上映できる場所があること。下北沢に最初に来たのは「トリウッド」に行った時かも。上京したのは2004年で映画学校に通いながらトリウッドに行ったのが最初ですかね。

自分自身は演劇を観たりライブハウスでライブを観た経験はほぼ無く、それこそ上京するまで小劇場という言葉すら知らず、それらにはじめて触れたのが下北沢の街ですね。先ほどすごく下北沢っぽい作品だとおっしゃられましたが、劇中に出てくるライブハウスの「THREE」や小劇場の「ザ・スズナリ」は自分が下北沢で過ごしていた時の実体験に近く、飲み屋さんも含め自分が行く場所で撮っていたので、少なくとも一人は主人公の青のような行動をしていたわけです。まあ、古着屋で働いていたわけではないですが。その点において、頭の中で生み出している作り物という感じはしないかなと。外から見て勝手に憧れていた頃と、そこで日常的に過ごすようになってからでは見え方も違っていて、下北沢を単なる憧れの場所としては描いていないです。

『街の上で』を撮影する1・2年前から東京を離れ神奈川県に引っ越しまして、東京で仕事がある時は下北沢付近の知り合いの家に泊まることが多くなりました。そのことで逆に夜遅くまで下北沢で飲むようになり、劇中で描かれているような生活感が見えてきました。作品の中で、はじめて下北沢に来たような女のコが、魚喃キリコの漫画にある風景が下北沢のどこかみたいな話をしていて、あれは自分が下北沢に憧れていた頃の視点です。憧れていた時。そこで生活してみてから。どちらの視点からも描いています。

ーーーちなみに、今でも下北沢よく来られますか?

今泉: そうですね。今はお店が早く閉店してしまうのでなかなか寄れませんが。この作品が完成した頃、作品には出てこない一番街の辺りで飲んでいた時にこの映画の話をしたら、お店の方に「やっぱ下北沢というとあっちの方で撮るんだね」と言われたことがあって、なるほどと思いました。つまり、この映画で描いているのは下北沢の一部分でしかなくて、さらに違う下北沢の物語もいっぱいあるんだなと。

ーーー下北沢に対する様々な視点と実際の体験が盛り込まれている、それだけにとてもリアルに感じるわけですね。『街の上で』には下北沢に実在するお店や場所が登場しますが、作品には登場していない下北沢でお気に入りのお店や場所はありますか?

今泉: 「ぴあ&ぴあ」ってありますよね、あのお店にとても思い入れがありまして、当時付き合っていた彼女がそのお店に連れて行ってくれて。映画や古着などに詳しい人で下北沢というと彼女の事を思い出しますね。そういえば、山下敦弘監督の映画を教えてくれたのも彼女でした。その彼女ともう別れていたのか、別れていないのか曖昧な時期に下北沢でデートをしたことがあって、そのことをすごく覚えています。

お互いに今は結婚していますが、当時のことをやりとりした時に「あれ?そんな感じだっけ?」みたいに記憶が全然ずれてて(笑)。あの時、西口にできたばかりの「ヴィレッジヴァンガードダイナー」に行ったり、ウィンドウショッピングみたいな感じで特に目的もなく下北沢を歩き回っていました。その時は、「俺は嫌われなきゃいけない」みたいな謎の感情で色々なお店を回っていて、デート中に「靴底が減るわ」と人生で人に対して一番最低な発言をしたことを覚えています。いつか、「靴底が減る」っていうタイトルの映画は作る予定です。その日はどう別れたのかもはっきり覚えていなくて、、、あれは最低だったな。だから、今回も「靴底が減るわ」という台詞が出てくる可能性がありましたね、結果的に出てきませんでしたが(笑)。

あと、映画では描かれていない場所として、脚本上にはあったけど撮影しなかったのは下北沢駅です。ちょうど駅の工事をしていた時期で、変化という点で映像に残すことはできるけど、撮影の大変さに加えて画にならなさなど色々な点から省くことになりました。昔の階段のあった南口、また階段を登って左手にTSUTAYAがあった光景をすごく覚えていて、その後は階段がなくなってあの場所が改札になったり、さらに改札が移動して、小田急と京王の改札が別れたり。変化してゆく過程はとても印象的でした。

この作品を作る中で思ったのは回顧というか昔の方がよかったという意識が頭の中にあるけど、これから下北沢を知る人にとっては、今の新しい下北沢駅がその人たちにとっての懐かしい駅になる可能性もあるので、どっちがいいというわけでもないなと。

ーーー下北沢駅前はここ数年工事が続いていて、改札の場所もどんどん変わり続けていました。その時々で昔の下北沢駅も変化し続けていましたからね

今泉: それと「lete」というライブハウスがあって、『たまの映画』を撮った時に月に1回、元たまの滝本さんがライブをしていて、それが思い出に残っていますね。ずっとです。何十年も。下北沢のいくつかのライブハウスに行った経験もとても印象深く覚えています。

あと、2010年にトリウッドで上映する自主映画のチラシを配っていた時に、女優の渡辺真起子さんがチラシを受け取ってくれたり。ミスタードーナツ付近の路上で配っていたら、あ、渡辺真起子さんだって気がついて、追いかけてチラシを渡したらちゃんと受け取ってくれて。さらにブログにも書いてくれた「赤いカーディガンのヤツがおっかけてきた」って(笑)。その時トークゲストで諏訪敦彦監督や古厩智之監督が出てくれることになっていて、「諏訪さんがトークに出るんだ」と興味を示してくれて。上映は間に合わないけど上映後のトークに来てくださったり。ずっとこの街にいたわけじゃないけど、こんな出来事は思い出そうとしたらいくらでも出てきますね。

今泉力哉監督
今泉力哉監督

ーーーはじめて「トリウッド」に行き、その後自主映画を上映していた頃から、この街で映画を撮り始め、そして『街の上で』を撮影された時期まで。下北沢に関わる期間が長く監督の立場もどんどん変わったことが、この作品の登場人物それぞれの台詞にリアリティや重みを持たせていると改めて実感しました

今泉: あと、単純に、敬意というか怖さはメチャクチャありましたね。『ざわざわ下北沢』しかり漫画や様々な作品がある中、劇場やライブハウスなど文化が根付く下北沢で映画を撮る事に対して、「一歩間違ったら大変なことに、、、」のような意識はありました。山下監督が『リンダリンダリンダ』の話をもらったときに「ブルーハーツと女子高生の映画? これは危険すぎる」と話していたのと同じで、下北沢で映画を撮るのは怖くて下手なモノにはできないなと。

そう言えば、「シネマアートン下北沢」(*1)という映画館のこともすごく覚えていますね。そこで見た景色、下にお客さんが並んでいる景色とか。自分の短編作の上映があった時に、映画学校に通っているという若い女性に「ファンです」と話しかけられて、可愛い女の子だったからテンションが上がっていたらその直後に「私の彼氏もファンで」って言われて、「あ、(俺のじゃなくて、俺の)映画のファンね」と、謎に浮かれた直後に落ち込んだことを覚えています(笑)。長編を撮る前なので、まだ自主映画を撮っていた時代ですね。2008年とかかなあ。そんなこともあった下北沢なので、今回の作品の中のどんなエピソードも、実際にあってもおかしくないような話ばかりです。

*1 「シネマアートン下北沢」は2008年に閉館、現在は小劇場の「シアター711」になりました

ーーーそんな様々な下北沢を見てきた今泉監督にとって、この街はどのような所が魅力だと思われますか。また、作品の中で下北沢の魅力だというポイントがあれば教えてください

今泉: 一般的に言われていることかもしれませんが、夢を追っていたり何者かになろうとしている人たちが許容される街である点。それは良し悪しだとも思いますが、なにかを追いかけ続けられるし、そのことを受け入れてもらえる場所ですね。極端な話、スーツを着ている人とかあまりいなかったり、月~金で働いている人、実際にはいるとは思いますがそういうことが見えない点など、とても居心地がいい街です。そして、よく若者の街と言われたりしますが、実際にはそんな感じでもなかったりしますし。

映画の中だと、「CITY COUNTRY CITY」で撮影していたときに窓の外で工事をしていて、それは偶然でしたがアレが撮れたからもう工事中の駅はいらないなと。一つあれば伝わるし、しかも本当の工事だったし。

なんでしょうね、すごく難しいですよね下北沢の魅力って。自分自身あまり行きつけのお店とかできないのですが、逆に下北沢にはいくつかの行きつけがある。映画でも使わせてもらった「にしんば」や「水蓮」はまさにそういうお店で、こういうお店の存在は自分にとって大きいですね。

他には何かあったかなぁ、ライブハウスで女性との出会いとか実際にあったな、付き合った人がいましたね。「フィッシュマンズ」の曲を流すイベントがあってお酒をこぼされたのが出会いで、その人が同郷の福島県出身の女の子で、そのコではなくてその連れの女の子と付き合いました。

ーーーえっ、そんな事があったのですね。下北沢にあるお店ももちろんですがそこにいる店員さんや出会う人たちなど、その場にいる人たちも含めて魅力なのでしょうね

今泉: 下北沢で何か撮ってくださいと依頼されていちばん難しいと思ったのは、そもそも「街」を題材に撮ったことがないということでした。これまで人物しか撮っていない意識があったので、どのように下北沢を表現したらよいのだろうと考えました。そんな中で最初に思ったのはこの街は変わっていく場所が多いので、変わる変わらないみたいな部分を映像として残せるのかなと。そして、自分が知っている場所を撮ろう、あえて作り物っぽく撮る必要はないかなと。取材して、とかじゃなく、知っている道で、店で、撮ろうとしました。まあ、でも直接的に文化の話をしている部分は下北沢という街に甘えていたかもしれないです。他の街では、あれはやれないかも。

ーーー確かに、小劇場やライブハウス、そしてミニシアターがひしめき合い、様々なカルチャーが交錯する街ですからね

青を取り巻く4人の女性、左から⾼橋町⼦(萩原みのり)、⽥辺冬⼦(古川琴⾳)、川瀬雪(穂志もえか)、城定イハ(中⽥⻘渚)

ーーー今泉監督の作品に登場する人物はそれぞれ個性的だと感じていますが、『街の上で』では主人公である若葉⻯也さん演じる青が、4人の魅力的な女性にある意味翻弄される様が描かれています。彼女たちの作品の中では描かれていない設定、エピソードがあれば教えてください

今泉: そういうことは一切考えずに作りましたね。映画監督役の高橋町子(萩原みのり)は下北沢に住んでないかも、他の3人は住んでいるかな。雪(穂志もえか)もどこに住んでいるのか謎は謎ですけど、イハ(中田青渚)と古本屋の田辺冬子(古川琴音)は住んでますね。田辺とか、いかにも住んでいそうですよね、店長との関係とか謎だし。そもそも彼女は何歳なのかも分からない。謎だなぁ。

あまり履歴書的に人物を作ったことがなくて、これは自分の方法論でもあるのですが、普通に生活をしていてもその人の過去は知らないですよね。だから、あまり背景をしっかり作らないことが多いです。そもそも今聞かれても、誰が下北沢に住んでいるのか分からなかったくらいですから。そっか、イハは下北沢に住んでるのか。いや彼女も謎ですよね、あの家。

ーーー作品としてハッキリとして存在している彼女たちのことが、冷静に考えるととても不思議な存在になりました。でも、それは実際の生活においては当然の話であり、そういう意味では主人公の青と同じ状態で作品を観ているわけで、そこがリアリティにつながっていると改めて認識しました。登場人物に設定があると思っていましたが、全くないわけですね

今泉: ないです。ないというか俺も知らないですね。俺も同じです。どういう人なんだろうって今思いましたから。この人は下北沢に住んでいますとか役者さんにも説明してないので、聞かれたら「あー、そうですね、どっちですかね」とか言ってるでしょうね。もしかしたら、高橋もこの街に住んでるかもしれないけど、でも住んでなさそう。下北沢の古着屋にちょいちょい来てるって話していたけど、逆に住んでいたらオファーできないかも。今後、気まずくなって行けなくなっちゃうから。最寄りのコンビニではバイトしない感覚というか。

今、話していて気がつきましたが、映画を観ていてどこに連れて行かれてどうなるのか分からない、そんな物語に対する憧れはずっと抱いていました。それはオリジナル脚本の映画の醍醐味でもありますよね。山下敦弘監督の初期の作品で『リアリズムの宿』とか『松ヶ根乱射事件』を観ていた時に思ってましたが、誰がどうなるというのが想像できる話とできない話があって、『街の上で』は青と同じ気持ちで観られるということが軸になっているのかも。謎の所に連れて行かれてどう終わるのかわからない。それはこの映画の一つの魅力ですよね。

ーーー作品として十分理解していたつもりでしたが、監督のお話を聞いていると登場する人物に対して様々なイメージが膨らんできますね。まだまだお話を伺いたいところですが、最後にしもブロをご覧の皆様に、『街の上で』の最も観て欲しいポイントを教えてください

今泉: 脚本を書く前にどんな映画にしようかと考えていたのは、そこで働いている人たちの場所やその様をしっかり撮りたいと。住んでいたり働いている場所がずっと続いていくことを観て欲しいですし、お店なんかは今本当に大変な状況だけど、特に長く続いているお店にはなくならないでほしい。この街は変化が一つの魅力ではあるけど、今はちょっと回転が早すぎる気がします。ああ、話していたら、「水蓮」然り、「珉亭」然り、作品の中に出てくる歴史あるお店に今から飲みに行きたくなりました(笑)。

ーーー今泉監督のお話を伺いまして、しもブロをご覧の皆さんにもぜひ映画『街の上で』を観ていただきたいと改めて感じました。ありがとうございました

今泉力哉監督

『街の上で』

出演:若葉⻯也、穂志もえか、古川琴⾳、萩原みのり、中⽥⻘渚、村上由規乃、遠藤雄⽃、上のし
おり、カレン、柴崎佳佑、マヒトゥ・ザ・ピーポー(GEZAN)、左近洋⼀郎(ルノアール兄弟)、
⼩⽵原晋、廣瀬祐樹、芹澤興⼈、春原愛良、未⽻、前原瑞樹、タカハシシンノスケ、倉悠貴、岡⽥
和也、中尾有伽、五頭岳夫、渡辺紘⽂/成⽥凌(友情出演)
監督:今泉力哉
脚本:今泉力哉  大橋裕之
撮影:岩永洋
録音:根本飛鳥
美術:中村哲太郎
⾐裳:⼩宮⼭芽以
ヘアメイク:寺沢ルミ
助監督:滝野弘仁 平波亘
スチール:⽊村和平 川⾯健吾
音楽:入江陽
主題歌:ラッキーオールドサン「街の人」(NEW FOLK / Mastard Records)
製作:遠藤⽇登思 K.K.リバース 坂本⿇⾐
プロデューサー:髭野純  諸田創
ラインプロデューサー:鈴木徳至
制作プロダクション:コギトワークス
特別協⼒:下北沢映画祭実⾏委員会/下北沢商店連合会
製作幹事:アミューズ
配給:「街の上で」フィルムパートナーズ
配給協⼒:SPOTTED PRODUCTIONS
2019/日本/カラー/130分/ヨーロピアン・ビスタ/モノラル ©『街の上で』フィルムパートナーズ
■公式サイト https://machinouede.com/
■公式Twitter https://twitter.com/machinouede
■公式Instagram https://www.instagram.com/machinouede/