高野和明『踏切の幽霊』 高野和明『踏切の幽霊』

[レビュー]高野和明『踏切の幽霊』かつて下北沢にあったあの踏切の事を愛おしく思える作品

どこでそのことを目にしたのか覚えていないけど、下北沢が舞台の幽霊にまつわる小説が発売されたらしい。本当にその程度の情報しかなかったけど、TSUTAYA BOOKSTORE 下北沢で探したら売り上げランキング2位ということもありすぐに見つかった。高野和明『踏切の幽霊』を私は手に取ってしまった。

高野和明『踏切の幽霊』
高野和明『踏切の幽霊』

マスコミには決して書けないことがある――

都会の片隅にある踏切で撮影された、一枚の心霊写真。
同じ踏切では、列車の非常停止が相次いでいた。
雑誌記者の松田は、読者からの投稿をもとに心霊ネタの取材に乗り出すが、
やがて彼の調査は幽霊事件にまつわる思わぬ真実に辿り着く。

1994年冬、東京・下北沢で起こった怪異の全貌を描き、
読む者に慄くような感動をもたらす幽霊小説の決定版!

幽霊小説、カテゴリー的にはミステリーやホラーに近い存在なんだろう。正直、全く読まないカテゴリーの小説でもある。表紙をめくり現れた文字を見て、すぐに購入することを決めた。

《プロローグ 三号踏切》

三号踏切といわれてもピンとこない人がほとんどだろう。小田急線の地下化に伴いすでに存在していないが下北沢周辺だと、東北沢三号踏切(下北線路街・reloadとADRIFTの間)か下北沢三号踏切(鎌倉通り、下北線路街・BONUS TRACKとシモキタ雨庭広場の間)のどちらかを指すと思ったが、すぐにそれは下北沢三号踏切のことだと気づいた。幽霊が似合う踏切という訳ではないが、どう考えてもそれは下北沢三号踏切で間違いない。

舞台は1994年の下北沢、その踏切では列車の非常停止が相次ぎ、心霊写真も撮影されている。月刊女性誌の心霊ネタを担当することになった雑誌記者、元は全国紙の新聞社で社会部を担当していた頃とは何もかもが違う世界。しかし、この物語はそんな彼が担当したからこそ、序盤からは全く想像できない真実にたどり着く。その結末はとても衝撃的で、映像作品や漫画では決して生み出すことができない、小説が持つ文字による表現力が最大限活かされたシーンだった。読み手によって想像する光景はそれぞれ違うだろうが、自分が受け止めた光景はこれまでの人生で一度も見たことがないものだった。恐怖を超えたところにある感動とは、こういうものなのか。40代も終盤にさしかかりはじめる今、私は新しい世界を知ることになった。


私は現実世界において、幽霊という存在を全く信じていません。一方で、フィクションの世界での幽霊の存在はもちろん認めています。こういうことを書くと本当に無粋だと分かっていますが、どちらの世界でも幽霊は人が創り出したものと理解しています。そんな私が読んでも、文字通り身の毛がよだつ恐怖を覚え、物語の展開に大いに心が揺さぶられ、ページをめくる手が止まらなくなる。その踏切のことを知っているということもありますが、なぜあの踏切に幽霊が現れるのか純粋に知りたかった、さらには幽霊になる前のことを知りたかった。比較的近い仕事をしているということもありますが、完全に主人公である雑誌記者と同化していたのだと思います。いやー、こんなの絶対に真似できないけど、、、。


旧下北沢三号踏切跡地
旧下北沢三号踏切跡地
旧下北沢三号踏切跡地から下北沢方面を望む
旧下北沢三号踏切跡地から下北沢方面を望む

下北沢三号踏切の写真を探しましたが、見つかりませんでした。下北沢駅からも近い東北沢六号踏切(オオゼキ前)や、東北沢五号踏切(下北線路街・空き地と駐車場の間)、東北沢四号踏切(茶沢通り、空き地とreloadの間)はあるのですが、そもそも下北沢三号踏切で写真を撮った記憶すらないですからね。と、諦めていましたが、世の中にはGoogleストリートビューという便利なものが存在しており、下北沢三号踏切を見ることができました。

実は、この小説ですぐに思い浮かんだのは下北沢三号踏切ではなく、下北沢二号踏切のことです。

旧下北沢二号踏切付近
旧下北沢二号踏切付近
そこには旧下北沢二号踏切を見守るお地蔵様が
そこには旧下北沢二号踏切を見守るお地蔵様が

旧下北沢二号踏切では多くの人が亡くなったらしく、このお地蔵様が祀られ踏切地蔵尊としてこの地を見守り続けています(参考:下北沢の踏み切り地蔵尊)。もちろん、『踏切の幽霊』の舞台である1994年より前から存在しています。あまり詳しいことを書くとネタバレになってしまうので書きませんが、なぜ二号踏切ではなく三号踏切なのかはこのお地蔵様の存在もあるのかもれしません。この場所は踏切があった頃も含め今でもよく通る場所ですが、この作品を読み初めてお参りさせていただきました。踏切はなくなったけど、これからもこの場所を見守り続けてください。

1994年冬、下北沢のとある踏切で起きた幽霊騒ぎ。たどり着いた真実は想像の届かない所にあり、その光景は何よりも愛おしいものだった。高野和明『踏切の幽霊』は、私も購入したTSUTAYA BOOKSTORE 下北沢店を含め全国の書店、ネット書店で発売中です。

[2023/06/17 追記]

日本文学振興会より、第169回直木三十五賞の候補作が発表され、高野和明『踏切の幽霊』が候補作品として発表されました。2023年7月19日(水)に選考委員会が開催されます。

残念ながら『踏切の幽霊』は直木三十五賞の受賞はなりませんでした。が、暑い夏にオススメの下北沢を舞台として作品、まだお読みでない皆さんはぜひお手にとってくださーい。